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1月13日 イベントレポート[日高理恵子×細川俊夫(作曲家)]

1月13日(月・祝)に日高理恵子さんと細川俊夫さん(作曲家)のアーティスト「音の空間から、絵の空間から」が開催されました。

トーク内容の一部です。

今回のテーマは、「傷ついた風景」「自然」ということで、自分に何ができるかと考えました。樹を見上げて空との関係性を30年以上描いてきました。樹は描く対象として、葉があり空があり、生命力などのことは抜きにして対象として捉えてきたつもりでしたが、自分と作品とどういう関係にあるか考えたとき、樹の下ですごす時間は壮大な世界で生命力を抜きにしては語ることができませんでした。

今回の展示構成は、樹を見上げるきっかけになった作品から最近の作品をひとつの空間に並べることによって、自分自身の樹の捉え方、空間の考えなどの変遷を見ていただけないかと思いこのような展示にしました。
見上げるきっかけになった作品は、〈陽光〉(1983年)です。見上げる視点に惹かれるようになったのは、水平に描くと、上が天、下が地をのがれることができないが、見上げることで、天と地が自由になれるからです。

細川俊夫さんの日高さんの作品の感想―
美しい空間で感動しています。沈黙が美しいです。
「シュライベン」はドイツ語ですが、書くという行為には叫び声が入っています。
樹を描いて樹の沈黙の中に、日高さんの声が吸い込まれていて、ひとつの違う次元に行けるような気がします。

日高さんが「音の空間」を意識し始めたのは―
〈樹を見上げてⅦ〉(1993年)を描き終えた時、武道徹さんの展覧会を観ました。そこで初めて図形楽譜というものを知り、これがどのような音に変化するのか、音を想像することが刺激的で、一音あるだけでその空間を感じることができます。これは、絵を想像することと繋がっていて、真っ白な画面に線が引かれるだけで空間を感じることができます。

武道徹さんのエッセイ集『音、沈黙と測りあえるほどに』に「音は沈黙があることで存在し、音は沈黙の中で生きてくる」と書かれています。音と音のない空間は繋がっています。日高さんの線(枝)と余白(空)は測り知れないもので、仏教でいう空(くう)ということを思いました。

細川俊夫さんが作曲家になったのは―
子どもの頃からクラッシック(ピアノ)をやっていました。家(広島)の裏山にあった竹林で、箸を指揮棒にして、大きな音で聞いていました。あるとき「ノヴェンバー・ステップス」を竹林で聞いた時、指揮ができませんでした。その時、風で揺れた竹林の動きと音楽がピッタリと合いました。この時、作曲家になりたいと思いました。